見不知森
 当山の旧地は、今より五、六丁北の方角の「見不知森」という所であった。ここは「不知八幡」という場所と同様に、人々は恐れて木こりや草刈りも近寄らないでいた。
 天平年中に行基が訪れ、この山に籠もったところ、不思議に『法華経』を読誦する声が聞こえた。行基が棘(いばら)をかきわけて見ると、はたしてこの霊像を感得し、直ちに仏閣を営んで観音の霊場とした。
 しかし後年、鎌倉兵乱の際、池魚の殃(=巻き添えにあうこと)によって本尊は火中より飛び出し、今の地の大樹に止まられた。そうしたことから、ここを有縁の地と定められた。当寺に星の井があることから星谷寺という。また本尊が山中において、自ら『法華経』を誦まれたことから、すなわち妙法山という。

法楽寺蔵

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