田代冠者信綱
 当山のおこりは、天元年中(978〜983)、横川の恵心院の源信僧都が愛甲郡都久居の里の辻堂に止宿していた時、忽然と白髪の異人が現れて、「わたしは龍王の使いであり、あなたを待つことは永かった。直ちに観音像を彫刻しなさい。その御衣木として、ここから近い川の洲に栴檀木がある」というお告げをした。
 源信が翌朝、川の洲を訪れると、数匹の亀が一木を守っており、「これこそがその霊木にちがいない」と貴び、自らの手で五尺四寸の千手観音像を造像し辻堂に安置した。
 その霊験はあらたかなので、後年田代信綱は殊に信仰し、不思議の霊験を受けたことから伽藍造営等を行って当地に移した。
 今も田代堂と言い伝えられることは、本当に信心の徳であり、末世においても空しいということはない。

神奈川県立歴史博物館蔵

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