以下は、過去に開催した日文研フォーラムのうち、報告書を刊行したものについてのみ、情報を全文掲載しています。
ここに掲載されているスピーカーの所属、略歴、著者・論文等の情報は、発表当時のものです。
| 回数 | 開催日 | スピーカー | 発表タイトル | TEXTファイル | PDFファイル |
|---|---|---|---|---|---|
| 241 | 2011/1/18 | アイーダ・スレイメノヴァ | 亡命ロシア人が見た近代日本 | − | ○ |
| 240 | 2010/12/14 | ローマン・ローゼンバウム | 小田実の思想と文学―全体小説を短編で書くこと― | − | ○ |
| 238 | 2010/10/12 | 根川幸男 | 海を渡った日本の教育―戦前期ブラジルにおける日本的教育文化の越境と再創― | − | ○ |
| 235 | 2010/6/8 | ジェフリー・アングルス | 「訳する」というのはどういうことか?―翻訳を歴史的現象として考える― | − | ○ |
| 232 | 2010/3/9 | 趙 維平 | 東アジアにおける雅楽の流れ | − | ○ |
| 228 | 2009/11/16 | ファム ティ トゥ ザン | 世俗化から見た近代仏教 ―日本とベトナムとの比較― | − | ○ |
| 226 | 2009/9/8 | 野原博淳 | 日本の技術者とフランスの技術者−技術革新の担い手− | − | ○ |
| 218 | 2008/11/12 | ジェームズ・バスキンド | 日本における禅浄双修 -黄檗宗を中心として | ○ | ○ |
| 216 | 2008/9/11 | 金 弼東 | 韓国における日本研究が語るもの | ○ | ○ |
| 215 | 2008/7/9 | アレキサンダー・ヴォヴィン | 万葉集と風土記に見られる不思議な言葉と上代日本列島に於けるアイヌ語の分布 | − | ○ |
| 214 | 2008/6/11 | フレデリック・ジラール | ヨーロッパ人の日本宗教へのアプローチ —エミール ギメと日本の僧侶神主との問答— | − | ○ |
| 212 | 2008/4/23 | 周 見 | 渋沢栄一と張謇 -日中近代企業家に関する一つの比較 | ○ | ○ |
| 208 | 2007/12/12 | 王 維坤 | 中国出土の文物からみた中日古代文化交流史 -和同開珎と井真成墓誌を中心として | ○ | ○ |
| 204 | 2007/7/25 | シンシア・ネリ・ザヤス | 淡路島における災害と記憶の文化 -荒神信仰を中心に | ○ | ○ |
| 203 | 2007/6/13 | チャワーリン・サウェッタナン | 「気」の思想・「こころ」の文化 -言語学からみた日本人とタイ人の心のあり方 | ○ | ○ |
| 202 | 2007/5/16 | 張 哲俊 | 唐代文学における日本のイメージ | − | ○ |
| 201 | 2007/4/18 | モハメッドレザ・サルカールアラニ | 国境を越えた日本の学校文化 | ○ | ○ |
| 200 | 2007/3/13 | 陸 留弟 | 楽しみの茶と嗜みの茶 -中国から見た茶の湯文化 | ○ | ○ |
| 198 | 2007/1/16 | プラット・アブラハム・ジョージ | 日印関係とインドにおける日本研究 -宮沢賢治の菜食主義の思想 | ○ | ○ |
| 196 | 2006/11/14 | ヨセフ・キブルツ | お札が語る日本人の神仏信仰 | ○ | ○ |
| 195 | 2006/10/10 | エドウイーナ・パーマー | ニュージーランドの学生が学ぶ「日本」 -高等教育の社会科カリキュラムを中心に | ○ | ○ |
| 194 | 2006/9/19 | ダリア・シュバンバリーテ | オセアニアの島々のイメージ形成をめぐって | ○ | ○ |
| 193 | 2006/7/11 | 周 維宏 | 近代化による農村の変貌とその捉え方について -中日農村を比較して | ○ | ○ |
| 190 | 2006/4/18 | 金 容儀 | 玄界灘を渡った鬼のイメージ −なぜ韓国のトケビは日本の鬼のイメージで語られるのか | ○ | ○ |
| 182 | 2005/7/12 | 鄭 在貞 | 韓日につきまとう歴史の影とその克服のための試み | ○ | ○ |
| 179 | 2005/4/12 | ノエル・ジョン・ピニングトン | 中世能楽論における「道」の概念 ー能役者が歩むべき「道」 | ○ | ○ |
| 178 | 2005/3/8 | 呉 咏梅 | アジアにおけるメディア文化の交通 中国人大学生が見た日本のテレビドラマをめぐって | ○ | ○ |
| 177 | 2005/2/8 | マッツ・アーネ・カールソン | 僕はこの暗号を不気味に思ひ… 芥川龍之介『歯車』、ストリンドベリ、そして狂気 | ○ | ○ |
| 171 | 2004/7/13 | ヴィクター・ヴィクトロヴィッチ・リビン | 知られざる歌麿 「百千鳥狂歌合はせ」の詩的、文法的分析 | ○ | ○ |
| 170 | 2004/6/8 | 王 述坤 | 近代における日本、中国の文人・作家の自殺 | ○ | ○ |
| 169 | 2004/5/11 | コンスタンティン・ノミコス・ヴァポリス | 参勤交代と日本の文化 | ○ | ○ |
| 166 | 2003/11/11 | 陳 暉 | 明治教育家 成瀬仁蔵のアジアへの影響 ―家族改革をめぐって― | ○ | ○ |
| 165 | 2003/10/14 | 王 成 | 阿部知二が描いた"北京" | ○ | ○ |
| 160 | 2003/4/8 | ビル・スウェル | 旧満州における戦前日本の町づくり活動 | ○ | ○ |
| 155 | 2002/11/5 | 金 文吉 | 神代文字と日本キリスト教−国学運動と国字改良− | ○ | ○ |
| 153 | 2002/9/10 | 李 美林 | 近世後期『美人風俗図』の絵画的特徴 ―日韓比較― | ○ | ○ |
| 151 | 2002/6/12 | 魯 義 | 中日関係と相互理解 | ○ | ○ |
| 150 | 2002/5/14 | 李 光濬 | 禅心理学的生命観 ―人間の生命現象を中心に― | ○ | ○ |
| 147 | 2002/2/12 | マシミリアーノ・トマシ | 近代詩における擬声語について | ○ | ○ |
| 146 | 2002/1/15 | 申 昌浩 | 親日仏教と韓国社会 | ○ | ○ |
| 145 | 2001/12/11 | チグサ・キムラ・スティーブン | 大庭みな子「三匹の蟹」 −ミニスカート文化の中の女と男− | ○ | ○ |
| 142 | 2001/9/18 | ジョナサン オーガスティン | 聖人伝、高僧伝と社会事業 | ○ | ○ |
| 140 | 2001/6/12 | 徐 蘇斌 | 中国現代建築の成立基盤 ―留日建築家・趙冬日と人民大聖堂大会堂― | ○ | ○ |
| 139 | 2001/5/8 | エッケハルト マイ | 西洋における俳句の新しい受容へ | ○ | ○ |
| 138 | 2001/4/10 | 李 卓 | 中日姓名の比較について -親族の血縁性と社会性- | ○ | ○ |
| 136 | 2001/02/06 | バルト・ガーンス | 長者の山 ―近世的経営の日欧比較― | ○ | ○ |
| 134 | 2000/11/14 | 辛 容泰 | 日本語の「カゲ(光陰)」外 -日本文化のルーツを探る- | ○ | ○ |
| 132 | 2000/09/12 | マーク メリ | 「物のあはれ」とは何なのか | ○ | ○ |
| 130 | 2000/06/13 | ケネス リチャード | 出島-長崎-日本-世界 憧憬の旅 -サダキチ・ハルトマン(1867-1944)と倉場富三郎(1871-1945)- | ○ | ○ |
| 129 | 2000/05/09 | 金 貞 禮 | 五・七・五、日本と韓国 | ○ | ○ |
| 128 | 2000/04/11 | ペッカ コルホネン | アジアの西の境 | ○ | ○ |
| 126 | 2000/02/08 | 李 応 寿 | 東アジア獅子舞の系譜 -五色獅子を中心に- | ○ | ○ |
| 125 | 2000/01/11 | エミリア ガデレワ | 年末・年始の聖なる夜 -西欧と日本の年末・年始の行事の比較的研究- | ○ | ○ |
| 124 | 1999/12/14 | 楊 暁 捷 | 鬼のいる光景 -絵巻 長谷雄草紙 を読む- | ○ | ○ |
| 123 | 1999/11/16 | ヴラディスラブ ニカノロヴィッチ ゴレグリャード | 鎖国時代のロシアにおける日本水夫たち | ○ | ○ |
| 122 | 1999/10/12 | ジャン ノエル ロベール | 「二十一世紀の漢文」 | ○ | ○ |
| 121 | 1999/09/07 | 宋 敏 | 「明治期における朝鮮通信使の日本見聞」 | ○ | ○ |
| 120 | 1999/07/13 | リース 幸子 滝 | 心理臨床の場に映った私生活の中の暴力と社会の中の暴力 | ○ | ○ |
| 118 | 1999/5/11 | 金 知 見 | 内藤湖南先生の真蹟 -高麗太祖顯陵詩について- | ○ | ○ |
| 117 | 1999/04/13 | ウィリアム J.タイラー | 「石川淳『黄金傳説』その他の翻訳について」 | ○ | ○ |
| 116 | 1999/03/16 | エドウィン A.クランストン | うたの色々:翻訳は誌歌の誌化または死化? | ○ | ○ |
| 114 | 1999/01/12 | 杜 勤 | 「「中」のシンボリズムについて -宇宙論からのアプロ−チ」 | ○ | − |
| 112 | 1998/11/10 | アリソン トキタ | 「「道行き」と日本文化 -芸能を中心に」 | ○ | − |
| 111 | 1998/10/06 | アハマド ムハマド ファトヒ モスタファ | 「『愛玩』 -安岡章太郎の「戦後」のはじまり」 | ○ | − |
| 109 | 1998/07/14 | 丘 培 培 | なぜ荘子の胡蝶は俳諧の世界に飛ぶのか -詩的イメージとしての典故- | ○ | ○ |
| 108 | 1998/06/09 | 島崎 博 | 「化粧の文化地理」 | ○ | − |
| 104 | 1998/02/10 | 高 文 漢 | 「中世禅林の異端者 -一休宗純とその文字」 | ○ | − |
| 102 | 1997/12/09 | ジョナ・サルズ | 猿から尼まで―狂言役者の修行 | ○ | ○ |
| 101 | 1997/11/11 |
金禹昌 リヴィア・モネ カ-ル・モスク ヤン・シコラ 鶴田欣也 |
パネルディスカッション 「日本および日本人-外からのまなざし」 |
○ | − |
| 99 | 1997/09/09 | ポ−リン・ケント | 「『菊と刀』のうら話」 | ○ | − |
| 97 | 1997/06/10 | ヤン・シコラ | 「近世商人の世界 -三井高房『町人考見録』を中心に-」 | ○ | − |
| 96 | 1997/05/13 | デニス・ヒロタ | 「日本浄土思想と言葉 -なぜ一遍が和歌を作って、親鸞が作らなかったか」 | ○ | − |
| 95 | 1997/04/15 | ミケ−レ・マルラ | 「弱き思惟 -解釈学の未来を見ながら-」 | ○ | − |
| 94 | 1997/03/18 | マリア・ロドリゲス・デル・アリサル | 「弁当と日本文化」 | ○ | ○ |
| 92 | 1997/01/21 | アレキサンダー N.メシェリャコフ | 「奈良時代の文化と情報」 | ○ | − |
| 91 | 1996/12/17 | 陳 生 保 | 「中国語の中の日本語」 | ○ | − |
| 89 | 1996/10/01 | 王 秀 文 | 「シャクシ・女・魂 -日本におけるシャクシにまつわる民間信仰-」 | ○ | − |
| 86 | 1996/06/11 | フランシスコ・ハビエル・タブレロ | 「社会的構築物としての相撲」 -報恩古式大相撲の事例を巡って- | ○ | − |
| 85 | 1996/05/28 | マ−ク C. ポ−ルトン | 「能における『草木成仏』の意味」 | ○ | − |
| 84 | 1996/04/16 | リ−ス・モ−トン | 「日本近代文芸におけるゴシック風小説」 -泉鏡花と谷崎潤一郎の場合- | ○ | − |
| 82 | 1996/02/13 | ジェイ・ル−ビン | 「京の雪、能の雪」 | ○ | − |
| 80 | 1995/12/19 | タチャーナ L. デリューシナ | 「俳句の国際性 -西欧の俳句についての一考察-」 | ○ | − |
| 78 | 1995/10/17 | 李 均洋 | 「雷神思想の源流と展開 −日・中比較文化考 -」 | ○ | − |
| 77 | 1995/09/26 | 蘇 徳昌 | 「日中の敬語表現」 | ○ | − |
| 74 | 1995/05/09 | リュドミーラ・エルマコーワ | 和歌の起源 −神話と歴史− | ○ | − |
| 73 | 1995/04/11 | アリソン・トキタ | 日本伝統音楽における語り物の系譜 −旋律型を中心に− | ○ | − |
| 72 | 1995/03/14 | WANG Jiahua | 渋沢栄一の『論語算盤説』と日本的な資本主義精神 | ○ | − |
| 71 | 1995/02/14 | YAN Shao Dang | 記紀神話における二神創世の形態 −東アジア文化とのかかわり− | ○ | − |
| 70 | 1995/01/10 | ミハイル・ウスペンスキー | 「根付 -ロシア・エルミタージュ美術館のコレクションを中心に-」 | ○ | − |
| 68 | 1994/11/15 | 賈 萱 | 「中日比較食文化論 -健康的飲食法の研究-」 | ○ | − |
| 63 | 1994/04/12 | リチャ−ド・トランス | 「出雲地方に於ける読み書き能力と現代文学、1880〜1930」 | ○ | − |
| 58 | 1993/11/09 | マヤ・ミルシンスキー | 「無常観の東西比較」 | ○ | − |
| 57 | 1993/10/12 | オロフ G. リディン | 「徳川時代思想における荻生徂徠」 | ○ | − |
| 56 | 1993/09/14 | 金 容雲 | 「和算と韓算を通してみた日韓文化比較」 | ○ | − |
| 55 | 1993/07/13 | ツベタナ・クリステワ | 「涙の語り -平安朝文学の特質-」 | ○ | − |
| 52 | 1993/04/13 | 金 春美 | 「日本近代知識人の思想と実践 -有島武郎の場合-」 | ○ | − |
| 51 | 1993/03/09 | 清水 義明 | 「チャールズ L.フリアー(1854〜1919)とフリアー美術館 -米国の日本美術コレクションの一例として-」 | ○ | − |
| 49 | 1993/01/12 | 朴 正義 | 「キリスト教受容における日韓比較」 | ○ | − |
| 48 | 1992/12/08 | マノジュ L. シュレスタ | 「アジアにおける日系企業の戦略転換 -技術移転をめぐって-」 | ○ | − |
| 47 | 1992/11/10 | ウィリアム D. ジョンストン | 「日本疾病史考 -『黴毒』の医学的・文化的概念の形成-」 | ○ | − |
| 46 | 1992/10/13 | 李 栄九 | 「直観と芭蕉の俳句」 | ○ | − |
| 45 | 1992/09/08 | 王 勇 | 「中国における聖徳太子」 | ○ | − |
| 41 | 1992/04/14 | リブシェ・ボハーチコヴァー | 「チェコスロバキアにおける日本美術」 | ○ | − |
| 39 | 1992/01/14 | サウィトリ・ウィシュワタナン | 「インドは日本から遠い国か? -第二次大戦後の国際情勢と日本のインド観の変遷-」 | ○ | − |
| 38 | 1991/12/10 | 洪 潤植 | 「古代日本佛教における韓国佛教の役割」 | ○ | − |
| 37 | 1991/11/12 | 辛 容泰 | 「日本語の起源 -日本語・韓国語・甲骨文字との脈絡を探る-」 | ○ | − |
| 36 | 1991/10/08 | 王 暁平 | 「中国詩歌における日本人のイメージ」 | ○ | − |
| 35 | 1991/09/10 | ドナルド M. シーキンス | 「忘れられたアジアの片隅 -50年間の日本とビルマの関係-」 | ○ | − |
| 33 | 1991/06/11 | サトヤ B. ワルマ | 「インドにおける俳句」 | ○ | − |
| 31 | 1991/04/09 | ミコワイ・メラノヴィッチ | 「ポーランドにおける谷崎潤一郎文学」 | ○ | − |
| 29 | 1991/02/12 | アレクサンドル A. ドーリン | 「ソビエットの日本文学翻訳事情 -古典から近代まで-」 | ○ | − |
| 28 | 1991/01/08 | カレル・フィアラ | 「言語学からみた『平家物語・巻一』の成立過程」 | ○ | − |
| 26 | 1990/10/09 | ケネス・クラフト | 「現代日本における仏教と社会活動」 | ○ | − |
| 25 | 1990/09/11 | 馬 興国 | 「正月の風俗 −中国と日本」 | ○ | − |
| 24 | 1990/07/10 | 李 国棟 | 「魯迅の悲劇と漱石の悲劇 -文化伝統からの一考察-」 | ○ | − |
| 21 | 1990/04/10 | グラント K. グッドマン | 「忘れられた兵士 -戦争中の日本に於けるインド留学生」 | ○ | − |
| 20 | 1990/02/13 | カール・ベッカー | 「往生 -日本の来生観と尊厳死の倫理」 | ○ | − |
| 19 | 1990/01/09 | スミエ・ジョーンズ | 「レトリックとしての江戸」 | ○ | − |
| 18 | 1989/12/12 | エリック・セズレ | 「日本の国際化の展望と外国人労働者問題」 | ○ | − |
| 17 | 1989/11/14 | ジェフリー・ブロートベント | 「地域開発政策決定過程を通してみた日米社会構造の比較」 | ○ | − |
| 16 | 1989/10/03 | 汪 向栄 | 「弥生時期日本に来た中国人」 | ○ | − |
| 15 | 1989/09/12 | ハルトムート O. ローターモンド | 「江戸末期における疱瘡神と疱瘡絵の諸問題」 | ○ | − |
| 14 | 1989/08/08 | キム・レーホ | 「近代日本文学研究の問題点」 | ○ | − |
| 13 | 1989/07/11 | エルンスト・ロコバント | 「国家神道を考える」 | ○ | − |
| 12 | 1989/06/13 | 夏 剛 | 「インタビュ-・ノンフィクションの可能性 -猪瀬直樹著『日本凡人伝』を手掛りに-」 | ○ | − |
| 11 | 1989/05/09 | スザンヌ・ゲイ | 「中世京都における土倉酒屋 -都市社会の自由とその限界-」 | ○ | − |
| 10 | 1989/04/11 | 劉 敬文 | 「教育投資と日本の戦後経済高度成長」 | ○ | − |
| 9 | 1989/02/14 | 厳 安生 | 「中国人留学生の見た明治日本」 | ○ | − |
| 8 | 1988/12/13 | ジェームズ C. ドビンズ | 「-仏教に生きた中世の女性- 恵信尼の書簡」 | ○ | − |
| 7 | 1988/10/11 | スーザン J. ネイピア | 「近代日本小説における女性像 -現実と幻想-」 | ○ | − |
| 5 | 1988/06/14 | 宗 彙七 | 「大塩平八郎研究の問題点」 | ○ | − |
| 3 | 1988/02/19 | リー A. トンプソン | 「大相撲の近代化」 | ○ | − |