国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

クチヨセ,オイチ
2003年 山梨県
明治二十九年生まれの女性の話によると、昔急性脳膜炎で孫を失った人は、その孫をイチに呼び出してもらった。孫は喜んでいたという。

類似事例(機械学習検索)

タヌキ
1993年 香川県
孫が小さいとき、親に怒られて泣いて外に出た、すると狸が私の声で孫を呼んだという。小学校のときも、帰りが6時過ぎになると、私そっくりの声で孫の名前を呼んだ。
類似事例

モロハクノサケ
1949年 山梨県
小左次という孫が薪を売った金で酒を買って爺に飲ませていた。ある日山奥で孫が清水を飲んでみると、その水は酒で、大変喜んだ。この評判がお上に知れ、孫は「小左次の涙酒」という銘をもらって酒屋をはじめ、大いに繁盛した。
類似事例

ダイジャ
1971年 福島県
常豊村に孫四郎淵がある。孫四郎という人が葛藤の根を掘りに行って、遅くなったので淵のそばで寝ていると、大蛇が来て孫四郎をのもうとしたが、刀がひとりでに抜けて蛇と闘った。偶然それを人が見かけ、孫四郎にその刀を売ってくれるように頼んだ。その刀を売ってしまった孫四郎は、翌日は蛇に対抗できず、のまれてしまった。
類似事例

タタリ
1973年 岩手県
京津畑集落のある家では、金目当てに旅の六部を殺した。その孫の孫の代になって祟りがあり、子どもの身体が不自由になった。
類似事例

(モノヲヌスンダバツ)
1989年 長野県
人の物を欲しがる男がおり、4・5人の子供がいた。余所で物を盗んできては子供たちに「誰にも言うな」と言い聞かせていた。孫が生まれてくると、どの子の孫も皆、口がきけなかったという。
類似事例

ゴンダラ
2001年 青森県
ある漁村に孫助という若者がいた。ある日、大きなごんだらが網にかかると、孫助はこれにひきずられて海中へ引き込まれて行方不明となってしまったが、暫くして海を泳いで帰ってきた。すると、1年程経ったある日から、晩に女が訪ねて来るようになった。だが、そうなってからというもの、孫助は日に日にやつれていってしまう。和尚に相談してこの女に毒針を刺してみたところ、その正体は大きなごんだらであった。
類似事例

ノヅチ
1965年 岐阜県
孫助さんによると、青光りして太さ四寸長さ二尺ぐらいだった。
類似事例

サワ,ロクブゴロシ
1955年 山梨県
孫六という沢では、孫を連れた六部が入りこんで出れなくなり死んだ。六部殺しの話は多くある。またオトメという婆がいたが、それが帯を枕にして死んでいた。それで帯を枕にするなという。
類似事例

ユヅケ
1981年
武蔵孫之丞という人物が、ある日養子に脇腹を突かれ、その鑓をどうしても抜く事が出来なかったという。近所の友人である芝山十兵衛が見舞いに来て、孫之丞に湯漬けでも食えと言う。そこで孫之丞が湯漬を1杯食べ、鑓を抜くと子細なく抜けたという。
類似事例

キツネ
1974年 岐阜県
飛騨国下岡本村でのこと。コセン小十郎、花里石が谷に孫十郎、浄見寺野にはおみつという狐がいた。孫十郎がいうには、自分は天竺に居た時は文殊キシンといったらしい。
類似事例

ガワッパ
1975年 熊本県
水に入る時「樋の口さんの一の孫」と唱えれば水難を免れるという。
類似事例

アブラズマシ
1932年 熊本県
草隅越というところを通った老婆が、一緒にいた孫に「昔この所に油ずましが出ていた」といったら、「今も―出る―ぞ」といって出てきたという。
類似事例

ヤマノカミノバツ
1922年 京都府
例年1月15日は山の神様が柴の種をまく日であるから山へ登ってはいけないとされてきた。しかし40年ほど前、孫助という変わり者がその日に山へ登り、行方不明になった。翌年の夏、滝壷で孫助の衣類が発見されたが死体は見つからない。
類似事例

キカズドウロクジンサマ
1987年 長野県
長久保の町外れにある道祖神。魔物や疫病が入りこまないようにしてくれる神様で,2月8日におはぎを供えてあんこをお顔に塗ると良縁が得られると信じられた。孫の耳が聞こえないのに悩んだおじいさんが毎日道祖神様にお参りしていたが,100日にもなろうかという天気のよい日,孫とお参りを済ませて帰ろうとすると南の空が俄かに曇り,雷が落ちた。孫を助け起こすと「でっけえ雷の音でおっかねえ」と言ったのでおじいさんは喜び,お礼として,家宝にしているお椀の底に穴を開け紐を通して差し上げた。以後,耳の病気にご利益があると信じられ,「きかずどうろくじん」と呼ばれた。
類似事例

キツネ
1991年 静岡県
夜泣きは狐が子どもを泣かせている。あるとき、お爺さんが狐を殴ると、その夜から孫が夜泣きを始めた。外に出てみると、狐が雨戸に手をかけていた。狐を追うと孫は泣き止んだ。しばらくの間、狐と爺さんの知恵比べが続いた。実話だという。
類似事例

ウマレカワリ
1984年 新潟県
死者になにかしるしをしてやると、孫か曾孫がそのしるしを持って生まれ変わってくるので、死ぬときには「また生まれかわってこいよ」というものだという。
類似事例

エンコ
1985年 愛媛県
孫兵衛が海で馬を洗っていたとき、エンコが馬を沖へつれていこうとしたが、逆に馬が山の方へ逃げていった。孫兵衛はエンコをつかまえて殺そうとしたが、エンコが悪さをしないと約束したので命を助けた。
類似事例

ウワバミ
2001年
唐の僖宗の時代,福清黄檗山の巨蟒が祟りをした。蟒は劉孫礼の妹三娘を誘惑し,11人の子を設けた。怒った孫礼が8人殺したが,残る3人の子は神となって祀られた。
類似事例

エンコ
1983年 愛媛県
孫兵衛という馬使いが海で馬を洗っていると、エンコが出てきて馬を引き入れようとした。馬は山へ逃げて行き、孫兵衛はそのエンコを捕まえて殺そうとすると、エンコが悪さをしないと約束したので命は助けた。
類似事例

キツネ
1943年 山梨県
善右衛門が毎日町に炭を売りに行く。帰り道に狐が出、孫への土産をいつも食べてしまうので、ある夜孫に化けた狐を騙して連れ帰り、釜茹でにするぞと脅したところ正体を現して謝罪するので放してやった。翌朝、狐が「あな恐しやの善ねんぼう」どなっていた。
類似事例

ツチノウマ
1935年 大阪府
古市町大字誉田に神馬の塚がある。その伝説。飛鳥戸部に田辺史伯孫という人がいた。娘から子供ができたという知らせを受け、婿の家に行った。黄昏時に帰途に着き、誉田陵のそばに来ると前方に立派な駿馬に乗った男が駆けていくのを見た。馬好きの史伯孫は追い抜いてやろうとしたがどうしても追いつくことができなかった。前の男は競争をやめると近づいてきて、「この馬がほしいのなら替えてやってもいい」という。史伯孫は喜び自分の愛馬とその馬を取り替えた。翌朝史拍孫が厩へ行くと、昨夜の駿馬は土の馬に変わっていた。土の馬を引いて誉田陵の脇に行くと、沢山の土の馬に混じって自分の愛馬が立っていた。史拍孫は欲にかられた愚かさを後悔し、馬を大事に手がけ、馬が遂に死んだときに塚をたてて弔ったという。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内