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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

シンダコドモノタマシ
2001年 青森県
日が暮れて暗くなってから自転車に乗って帰っていたところ、前を青い姿の子どもが歩いていた。しかし、いくらこいでもその子には追いつけなかった。家へ着くと、オバサンの孫が死んでいたことが分かった。その子どもは、死んだ子どものタマシだったのである。

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キツネ
1954年 栃木県
山の神様の怒りで、子どもが狐に殺されることがある。母親が抱いていてもいなくなり、子どもは囲炉裏で死んでいる。
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ヤマノカミサマ
1954年 栃木県
山の神様の怒りで、子どもが狐に殺されることがある。母親が抱いていてもいなくなり、子どもは囲炉裏で死んでいる。
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テング
1972年 千葉県
ある子どもが東茂原のある橋で天狗を見た。その子どもは頭が悪くなって死んでしまった。
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オソキ水神
1965年 宮崎県
オソキ水神は子どもが好き。子どもが河原や神社の境内で遊んでいるとよく現れるし、子どもの帰るときには見送ってくれるという。
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(コドモノユウレイ)
1971年 福島県
子どものお棺に六文銭を入れてやらなかった。子どもが買い物に来るが、いつもその子どもだけが買えないで見ているという話を聞いて行って見たら、自分の子どもだったという。後になって掘ってみたら金を入れてやっていなかった。だから忘れずに入れなければならない。
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トリゴ
1946年 岩手県
生まれたとき体の弱い子どもは取子として神様に名前をもらうと強い子どもになる。
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ヘビ
1971年 福島県
昔、大きい土蔵の中には蛇がいた。子どもがあまり泣くので倉へ入れてやまへ行ってしまった。帰ってきたら、蛇が口から入って子どもが真黒になって死んでいた。
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シンダコ
1935年 奈良県
子どもが死んで、母が仏壇の上に、カマボコを置いていた。死んだ子が来ていると、子どもが言うので拝むとカマボコだった。
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ウマレカワリ
1975年 山口県
死んだ人と同じ痣が、産まれた子どもにもあった。
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ヤマノカミ
1941年 岐阜県
山の神は子どもの神なので、子どもが病気になったときは提燈をともして祈ると全快するといわれている。また、山神は狐だという人もいる。
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ジゾウサマ,カミサマ
1985年 新潟県
お宮の神様は子どもが好きで、お宮の池で船を出して子どもと遊んだ。お地蔵様も一緒に遊び、子どもがいたずらをしてもばちがあたることはないという。
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(コドモガマヨッタトキ)
1965年 宮崎県
子どもが迷ったときは願立てをするといい。その効なくして子どもが死んだときは、その子の着物の裾をもって、逆さまに振るといい。
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ドウソジン(ゾクシン)
1964年 群馬県
道祖神の見えるところでは子どもは育たないといわれている。
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カッパ
1980年 秋田県
5~6歳の子どもがよくカッパに取られてはらわたを食われたので、魚とりのヤスでカッパを捕まえた。もう子どもを取らないと約束するので許してやった。以来、子どもが溺れることはなくなった。
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キツネ
1965年 岩手県
子どもが夜遊んでいて、いなくなった。大騒ぎをして探し回ったが見つからない。諦めて帰ると、家にいた。子どもは、キツネに連れて行かれてスダシ(楢の実)を食べさせられた、などと言った。
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キツネ
1985年 山梨県
Aさんのおんじいは、小さい頃から奉公に出され、子どもをおぶって歩いていると、きれいにつつじの花が咲いているから、一生懸命取っていたら、自分とおぶっていた子どもの着物がすりきれ、子どもは足が傷だらけになってえらい怒られた。狐に化かされたのだ。
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ミミクサギ
1939年 三重県
同年代の子どもが死ぬと、家々で小さめの握り飯を二つずつ作り、きな粉をまぶして子どもの両耳に当てた後、これを食べさせる。十歳くらいまでの子どもによく行う。今では握り飯は石に代わっているという。
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オサンギツネ
1939年 新潟県
自転車に乗っていると、後方から自転車がやってきて、一緒に走った。橋のところまで来ると、急にその自転車が見えなくなったと言う。これはおさん狐が化けて出たのである。
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キツネ
1972年 千葉県
戦争中のこと。歩いても歩いても家に帰り着かなかった。狐に化かされたのだろう。
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ヤマイヌ
1991年 静岡県
子どもを連れた山犬は恐ろしい。
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ヤマウバ
1940年 宮崎県
打越川の上には瀧があり、トドロキゴンゲンが祀ってある。美しい女神で水神様だともいうが、山姥で子どもを欲しがったという。子どもを望まれた家ではそれを断ったが、その子は死んだという。
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