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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

オニ
2004年 徳島県
法然が四国に流された時の話。兵庫の浦で,一行の舟が大波に遇う。どこからともなく赤白の二鬼が姿を現し,上人はこれを教化する。しばらくして,上人の所に二鬼が父母を伴って再び姿を見せ,教えを乞う。上人が十念と仏画を与えると,鬼の親子は山中の断崖から捨身往生を遂げた。上人は遺骨を取り集め,阿波に鬼骨寺を建立して菩提を弔った。

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オニ
1922年 徳島県
昔、鬼が住んでいて人を喰い、財を掠めていたが、法然上人によって改心させられ、仏道に入った。鬼は罪を悔いて死んだので、そこに鬼骨寺を建てた。鬼骨寺では、今でも鬼の牙を秘蔵しているという。
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イエジンサン
1996年 山梨県
ある家の人が、顔見知りの上人が役人に捕えられたときに、庇い立てしてやらなかったせいでその上人は処刑されてしまった。それからその家には病気や流産などの不幸が続いて、上人のたたりとされ、その上人をイエジンサンとして祀った。
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センジュカンノン
1983年 大阪府
法海上人がいた頃に、どこからともなく客僧が来た。上人に仕え一夏の間香水をとり、九旬過ぎて去ろうとした時その賃を乞うたが、上人が与えなかったので、波の上に立ち、我はふだらく山の主なりと告げ、千手観音の姿となって飛び去った。上人は千手の像をつくり安置した。その霊験はあらたかという。
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リュウジョ
1970年 山梨県
日蓮上人が身延山で説教をしていた時、竜女が女に化けて聴きに来ていた。竜女は日蓮上人に見破られて正体を現し、身延山の鎮守になった。また、日蓮上人が流された佐渡にも竜女教化の話がある。美しい娘が日蓮上人の読経を聞きに来ていた。娘は結縁のために袖に曼荼羅を書いてほしいと頼んだ。上人は願いどおり書いたが、娘は実は蛇だったという。
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オニ
1975年
霊は鬼であり、鬼は気である。
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ニチレンショウニン
1972年 長崎県
ひでん上人と日蓮上人が雨乞い勝負をして、日蓮上人が勝った。ひでん上人は毒饅頭を日蓮上人に食べさせようとしたが、日蓮上人はそれを犬に食べさせたので犬は銀杏の木を三回半回って死んだ。日蓮上人は犬を葬って銀杏の木の杖を卒塔婆にして法華経を書いた。威力があったら三年ほどで芽が出るといいその通りになったが、杖が逆さまだったので葉が逆さまに生えてきた。その銀杏は今でも毒消しになるという。
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チチオニ
1941年 大阪府
父鬼は父の鬼が住んでいた事からその名が起こったという。その鬼が父瀧にいたとも、鬼唐臼にいたとも言う。鬼唐臼には鬼の夫婦がいて、それが討たれ、手負いになって河内の鬼しめに逃げた。延命寺に負矢という家があって鬼の系図があるという。又この鬼しめには川に大きな石があってそこで鬼が死んだので鬼の血がついて今でも赤い、ということである。
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オンンメサマ,ウブメ
1977年 神奈川県
昔、大巧寺の上人が川にかかる橋を通りかかったところ、赤ん坊を抱いたウブメに出会った。冥土の苦難を訴えるウブメに上人が経をあげて回向してやると、その心は鎮められた。数日後、美しい女が上人の前に現れ、お礼として1包みの金を置いていった。上人はこれで宝塔を作ったのだが、それが今日も大巧寺にある。
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オニ
2004年 徳島県
鬼が法然の教化を受け,角に名号をかけて身を投げた。後に鬼骨寺が開堂する。法泉寺にその名号と三尊仏御影,鬼角,西福寺には鬼の歯などが伝えられている。
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オニ
1961年 和歌山県
百姓が雨がなくて嘆いていると、鬼が雨を降らし、かわりに一人娘をさらって行った。娘は鬼の家で鬼の子を産み、鬼の子がお爺さんに会いたいというので、鬼の留守に鬼の車に乗って逃げ出した。鬼が追いかけてきたが、笑わせて逃げ切った。お爺さんの家に行き、鬼が怖いと言っていた青い剣と青いヒルに似た菖蒲とヨモギを軒端に下げて鬼を退散させた。それが五月節供の由来。
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キツネ,オニ
1979年 岐阜県
夜、赤鬼と青鬼が相撲を取っていて、赤鬼が崖から落ちた。朝確かめてみると、人が死んでいた。狐の仕業。
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オニ
1997年 静岡県
鬼払いの行事の過程に関する記述。鬼払いに出る鬼は、青鬼、赤鬼、黒鬼の3匹である。鬼役を務めると厄逃れや兵役逃れ、弾逃れになるといって希望する者が多かったという。
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キンキ,フウキ,スイキ,インギョウキ
1975年
天智天皇の時代に、藤原千方という者が金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の4鬼を使役していた。伊賀と伊勢の国はこの鬼のせいで、天皇の支配に入らなかった。そこで紀朝雄という人物が「草も木も我大君の国なればいづくか鬼の栖なるべき」と和歌を詠んで鬼のもとに送りつけたところ、たちまちに鬼はいなくなり、藤原千方は朝雄に討ち取られたという。この鬼は狐狸の類か。
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オニノイナイムラ
1937年 静岡県
昔、鬼を退治して鬼はいないので豆はまかない。
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カタメウオ
1975年 兵庫県
摂津国川辺郡昆陽池の魚は皆片目である。昔、行基上人が1人の男が倒れているのをみつけ有馬温泉に誘ったが、男は動けず、鮮魚が欲しいと言った。上人が魚を見つけてくると、男は先に食べろという。上人が半分食べると、男は、身体に黒瘡があるので舐めて欲しいと言った。上人がそれを舐めたところ、男はたちまち薬師如来となって、上人を試すため病身となって現れたと言った。その魚の残りを昆陽池に放ったので、片目の魚になったという。
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リュウジン
1932年 群馬県
幡隨意上人が説教していると、17、8歳らしい婦人が来て「私は城沼に棲む龍神の妻です。上人の高徳で済度させて下さい」という。上人が本体を現せと言うと、たちまち長さ20尋の龍となる。上人が杖でその額を撫でると婦人の姿に戻った。婦人は寺を守護すると言って井戸に入り、井戸は封じられた。
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オニ,ホウキ
1941年 朝鮮
村人で四方山話をしている中で、鬼は強くて負け嫌いという話になった。すると鬼が現れて相撲をとろうと言った。相手になった村人は力持ちで、鬼を倒すことができた。何度も負けた鬼は姿を消した。翌日その場所を見ると箒が転がっていて、鬼は箒が化けたに違いないということになった。それ以来、頭の近くに箒を置いて寝ると、恐ろしい鬼の夢を見ると言われている。
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オニ
1983年 栃木県
昔、節分の夜に一匹の鬼がどこの家も泊めてくれず、困り果てて山の麓にある樵の家に泊めてくれるよう頼んだ。住んでいた二人の老人は快く鬼を泊めた。お礼に鬼は高価な鬼の褌をくれた。お婆さんが感謝し、来年もまた泊まって下さいと言ったら、鬼は笑いながら「褌がなくては来られません」と言った。だから来年の話をすると鬼が笑うのだという。
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オニ,ゼンキ,ゴキ
1968年 奈良県
8月3日に大峯山の行者祭りで行われる「鬼の行列」には一本歯の下駄で歩く行者に従って手に斧を持った鬼、水壺を持った鬼、そして数十名の赤鬼・青鬼が続く。この鬼は「ゼンキ・ゴキ」と言われ、行者を助けて行場を作った民衆を意味する。
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オニ
1986年 鹿児島県
ある人が狩りに行って、木の上にしばられた鬼ににぎり飯をやったら、鬼が力をつけてしばっていたカズラを切り逃げた。実はその鬼はその人の妻の父がしばっていたもので、逃げた鬼は妻をさらって鬼が島へ行ったという。妻をとりかえすために箱に入って鬼が島へ行き、鬼を退治する。
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ツエ
1926年 山口県
文覚上人の杖が成長した逆竹があり、そこにある古墓は文覚上人の墓と伝えられる。
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