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 17件ヒットしました。 1件目から17件目を表示します。
1. 鰡魚
と、トドやアザラシに化すという。この魚は武蔵国あたりで産まれ、そこから次第に西に進み、1年ほどあとには紀州の海から大洋にでる。その時には網にかかっても突き破って逃げ、針にかかっても引きちぎって逃げる。そして. . .
 
2. 霊,亡魂,怨念
郡名) ■ 地域(区町村名) ■ 要約 武蔵国多摩郡中野に陣取り、奸計により討死した平将頼の霊が戦場にとどまり人々に祟をなした。480年程の間怨念は残っていたが、延文の頃一遍上人の3代目真数坊が芝崎村に草庵. . .
 
3. 霊験
立川市 ■ 地域(区町村名) ■ 要約 武蔵国多摩郡芝崎村鎮守八幡宮の本地仏は弘法大師御作で霊験あらたかである。昔火事で堂守が消失した時尊像がどこかへ飛んでいった。宝永の頃堂を再建すると境内の松の根元が輝い. . .
 
4. 銭橋
箇所・終了頁 ■ 話者(引用文献) (『武蔵国風土記稿』) ■ 地域(都道府県名) 埼玉県 ■ 地域(市・郡名) 川口市 ■ 地域(区町村名) ■ 要約 家康が放鷹の時に、青木村の畔道が崩れて、通ることがで. . .
 
5. 竹女,紫雲,異香、夢想
域(区町村名) ■ 要約 元和寛永の頃、武蔵国比企郡に戒行堅固という、日頃から正身の大日如来を拝みたい僧がいた。そして出羽の羽黒山に登山した時、夢想に江戸にいる佐久間某の召使い竹女を拝せという。そこで江戸に. . .
 
6. 白髪の翁,(異界),(転生)
郡名) ■ 地域(区町村名) ■ 要約 武蔵国多摩郡久保村の百姓藤五郎の子・藤蔵は6歳で死んだが、埋葬される時に、白髪の老人がやって来て藤蔵(魂か?)を連れ去った。そして3年間、、薄暗くおぼろげな場所で過ご. . .
 
7. 水豹,トド
区町村名) ■ 要約 水豹(アザラシ)は武蔵国の風土を受けて生まれるもので、関東の海岸そばの田から春に多く生まれる。これは後にトドと化して、そしてさらにあざらしに変わるという。 . . .
 
8. 影向石,薬師如来像
なったとき、聖武天皇の夢枕に立った僧が、武蔵国橘にある霊地の霊石に薬師如来像を祀れば治癒すると告げた。その通りにすると、皇后は治癒した。後にも、ひとりでに動くなどという不思議なことが、この薬師如来像には起こ. . .
 
9. 山田の大蛇,神剣
ろまで剣を鋳造するということはなかった。武蔵国豊島郡下石神井村の石神の神社には神代以前の鉄剣がある。 . . .
 
10. 古松
■ 地域(区町村名) 多摩区 ■ 要約 武蔵国の橘樹郡宿河原村の山の上に古い松があった。天保3年以前に自然に枯れてしまったので皆が惜しんでいたが、当年の春頃に近隣の若い人が枝を薪にしたところ、それぞれ発熱し. . .
 
11. 化物,狸
■ 地域(区町村名) 寄居町 ■ 要約 武蔵国秩父の郡鉢形は大城の跡で狐狸も多く住み着いている。夜、寺で連歌をしていると丑2つ刻に火桶の下から笑い声がした。火桶を動かすと下から黒い獣が仏像の方へ逃げた。夜が. . .
 
12. 八百比丘尼
■ 地域(区町村名) 西区 ■ 要約 武蔵国足立郡水波田村慈眼寺仁王門の傍に榎の伐株がある。周囲2丈ほどで、筵6畳を敷く。これは若狭の八百比丘尼が植えた木だと言い伝わっている。ここに掘り出しの地蔵というも. . .
 
13. 不動明王像,如来,夢
多の戦乱を経て様々な武将に奪われ、遂には武蔵国多摩郡の三光院に移されたが、ある夜住職の夢に如来が現れ、霊像を荘厳寺に返すようお告げがあった。調べるとその通りだったので、盛大な法会を営んで返した。 . . .
 
14. をさき狐
っていたのだが、次から次へと広がったので武蔵国全体で見られるようになった。だから婿を取ったり、嫁を迎える時は、その家をしっかり調査しなければならない。狐は彼らに付いてくるからで、狐に子供ができてしまうと家か. . .
 
15. かっぱ
川越市 ■ 地域(区町村名) ■ 要約 武蔵国河ごえのそばに、たてという所がある。子供が馬を洗おうと川に入ったら、急に馬が暴れて子供は川に投げ出された。人々が川を見ると、その子供のそばにかっぱがいたので捕ら. . .
 
16. (生まれ変わり)
日野市 ■ 地域(区町村名) ■ 要約 武蔵国多磨郡(多摩郡)程窪村の半四郎という者の息子、藤蔵は死んで後、同郡柚木領中野村谷津入の源蔵という男の子どもとして生まれて、勝五郎と名付けられた。9歳のとき、自分. . .
 
17. (幣帛と大牙が降る)
港区 ■ 要約 一条院の寛弘2年9月に、武蔵国日比谷村に幣帛と大牙が降り、さらに託宣があったので祠を建てたという。いまの芝神明社がこれにあたる。 . . .
 
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